第1章
74歳、なぜIT防犯に挑戦したのか
74歳の誕生日の朝、私はいつも通り工事現場に立っていた。
ヘルメットをかぶり、反射ベストを着て、誘導灯を握る。
信号のない交差点。ダンプカーがゆっくりと出入りし、ランドセルが小さく揺れる。
「おはようございます!」
一年生の高い声が、まだ冷たい空気を震わせる。
私は目を合わせてうなずく。
「気をつけてな。いってらっしゃい」
たった数秒のやり取りだ。
だがその数秒が、私の一日の始まりだった。
工事が終わる日が来た。
最後の朝は、目覚ましより早く目が覚めた。
窓の外は薄い灰色。静かな部屋で、天井を見つめる。
「今日で終わりか」
制服に袖を通す手が、少し重い。
いつも通る道の電柱も、白線も、やけに鮮明に見えた。
持ち場に立つ。
いつもと同じ場所。いつもと同じ空。
だが胸の奥は、いつもより静かではなかった。
子どもたちが次々に渡っていく。
二年生、三年生、四年生。
六年生の男の子が立ち止まった。
「今日で最後なんですよね」
私はうなずく。
「そうだな。工事が終わるからな」
彼は少しだけ黙り、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
その言葉は、静かな朝の空気に溶けていった。
やがて横断歩道には誰もいなくなる。
旗を持ったまま、私はしばらく立ち尽くした。
「ああ、終わったんだな」
目の奥が熱くなった。
数日後、学校から連絡があった。
一年生から六年生まで、作文を書いてくれたという。
震える字、丸い文字、少しの誤字。
「おじいさんがいると安心でした」
「さみしいです」
「ぼくも人を守る仕事がしたいです」
私は涙を止められなかった。
74歳でも、誰かの役に立てる。
高齢者は守られる側だけではない。守る側になれる。
だが同時に、こうも思った。
もし私がいなくなったあと、
この横断歩道に安心は残るだろうか。
私の原点は、大分県豊後高田市にある。
小学校へ続く道。
舗装が今ほど整っていなかったころ、石がところどころ飛び出していた。
ある日、道ばたでしゃがみ込む老人を見た。
手にカナヅチを持ち、石をコツン、コツンと叩いている。
「何をしているんですか?」
子どもの私が尋ねると、老人は笑った。
「子どもたちがな、つまずいて怪我せんようにな」
誰に頼まれたわけでもない。
誰も見ていない。
だがその老人は、黙々と石を削っていた。
その背中が、今も私の中にある。
目立たなくていい。
名前が残らなくていい。
陰で道を整える。
それが、本当はかっこいい姿だ。
74歳になった今、私はあの老人と同じ場所に立っているのかもしれない。
横断歩道に立つこと。
子どもたちに声をかけること。
それは、道の石を削ることと同じだ。
だが、現場は終わる。
人は移動する。
体力も、いずれ限界が来る。
だから私は考えた。
もし、私がいなくなったあとも、
声をかけ続ける存在があったらどうだろう。
もし小さなロボットが、
「気をつけてね」と言えたら。
もし高齢者がITを使い、
地域を守る側に回れたら。
それは派手な技術ではない。
だが、道の石を削るような技術だ。
小さな危険を取り除き、
安心を残す技術。
それが、ロボダンのはじまりだった。
私は74歳。
老後ではない。
まだ、進化中である。
