自衛隊入隊を強く促された三島由紀夫割腹事件
人生には時として大事件に遭遇し、航路の舵をきらなければならないときがあり
私の大事件は小説家 三島由紀夫の割腹である
これはショックだった
詳細はウイキペディアにも書かれているが、1970年(昭和45年11月25日)
防衛庁の市谷駐屯地にて自決したというニュースである
ニュースは東芝の追浜工場で聞いた
電球のフィラメントを製造する工場に二ヶ月いたのだが、そこの女工からきいた
この当時の女工たちは非常に勉強熱心で、規律正しく、根気強い
機械が量産している一センチにもみたないフィラメントをピンセントで
不良品をはじき出すのである
日本の製造業を陰でささえた人たちである
ニュースでは意図的に、三島の勝手気ままな行動を批判的に流されていた
18歳の私は、肌で感じる将来の漠とした不安と社会の騒乱がシンクロして
興奮し、高鳴りを覚えた
翌年の1971年(昭和46年)4月に入隊しG・・・・・・の認識番号をいただく
後の首相になる中曽根康弘が防衛大臣のころである
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