生死感が確立しない一生はむなしい

仏の教えに、” 臨終のことをなろうて、多事(たじ)をなろうべし ”という教えがある
まず、死の事を学んで、ほかの勉強をしなさいという意味であるが
現在はスポーツ、芸能、など一時的な享楽に身を沈め、真の生命感を忘れさせる
死については正しい生死感で準備する必要がある
煩悩には、貪[トン](むさぼり)、瞋[ジン](いかり)、癡[チ](おろか)、慢[マン](おごり)、疑[ギ](うたがい・まよい)、見[ケン](あやまり/邪見・悪見)などがあるが
悩みはこの煩悩が肥大化することにおいて起こる
この煩悩に支配されない、強い生死感をつくる
生きるとは、まさしくこの死を確立する旅である