死とは– category –
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死とは
生あるものは必ずいつかは死ぬ
生あるものは必ずいつかは死ぬ 病院でほとんど死ぬので 生活の場で死を目にすることはなくなった 生が有限であることを知れば 時間の使い方が変わってくる ものの見方がかわってくるのである -
死とは
死んで顔を見られるほどイヤなことはない
別れも 出会いも 自然の姿である ありのままの姿で死を受け入れていけばいい 身内以外から顔を見られるのはイヤである -
死とは
愛する動物とも、人とも別れはくる
愛する動物とも、愛する人とも別れはくる 愛別離苦という 死という別れがあって 人は生命へのいとおしさが生まれる 別れ、死 自然の姿である 寿命を受け入れ、自然体で生きていく -
死とは
どのような死に方、どんなに短くても
どのような死に方をしても どんなに短命でも そのことは重要ではない 人は死を選べないからである 重要なことは毎日何を考えて 生きているかである 毎日何を目指しているかである 毎日何を願って 生きているかである そのいのちのありようが大事なだけである -
死とは
臨終は人生の総決算である
臨終は人生の総決算である 何が大切であったか 何を大切に生きてきたか 死ぬ姿を選ぶことはできないが たましいは残っていく -
死とは
生死感が確立しない一生はむなしい
仏の教えに、” 臨終のことをなろうて、多事(たじ)をなろうべし ”という教えがある まず、死の事を学んで、ほかの勉強をしなさいという意味であるが 現在はスポーツ、芸能、など一時的な享楽に身を沈め、真の生命感を忘れさせる 死については正しい生死... -
死とは
生と死は一対のものである。不二である
どんな人もいつかは死を迎える よい事をする。よい行動をすることである よい行動をしていれば、安心した死を迎えられる 人の幸せのために一生懸命、行動することである そうすれば死が不安ではなくなる どのような姿で死んでも、歓喜なのである -
死とは
町会の人の葬式に出席して
85歳で眠るようになくなったとのこと 離婚し、男がやる仕事もこなし、2人のお子さんを育てた どんな人生でも一生懸命生きた姿は美しい -
死とは
人は生きたように死んでいく
死は厳粛なものである 生きた姿、日頃考えていた事、念じていた事が走馬灯のように駆け巡るだろう こころして臨終を迎えなければならない -
死とは
宇宙にとけこむのか
肉体は、なくなるが、大宇宙の生命へ溶け込む。大慈悲の生命(いのち)をもてば 死も歓喜する出発である。怖がるものではないが、長寿を目指すべきである いのちは粗末にしてはならない